ザンヤルマの剣士<麻生 俊平>

<あらすじ>鵬翔学院高校に通う矢神遼は、ある日、奇妙な紳士から、波形の鞘に収められた短剣を押しつけられた。『この剣は、抜くことができた人間に強大な力を与えてくれる…』謎の言葉を残し、紳士は去る。一見、どうやっても抜けそうにない形状をしたその剣を、なぜか遼はあっさりと抜くことができた。しかし、その日を境に、遼の周辺ではバラバラ殺人事件が連続して発生する。しかも、被害者は遼に不快な思いをさせた人物ばかりであった。『僕は無意識のうちに殺人を犯してしまったのか?』いま、遼の運命は大きく変わろうとしていた…。

 

<評価>★★★★★

一応いわゆるラノベに分類されるのだと思いますが、この小説は背景設定、非常にリアリティの高い描写から、大人の鑑賞にも十二分に耐えうるものだと思います。ストーリーをざっくり言うと、「笑うせえるすまん」のような話といえると思います。

失われた古代文明イェマドの生き残りである裏次郎は、「遺産」と呼ばれるイェマドの超技術を現代人に分け与えます。それらは現代の技術を超越し、様々な欲望を叶えることが出来ますが、結果的にもらった人間は必ず身を亡ぼすことになり、悲惨な運命をたどります。裏次郎の目的は現在の人間を亡ぼすことではなく、愚かな人間が身分不相応な超技術を得て、必ず愚行に走ることを見ることなのです。

主人公矢神遼も、何も知らずに裏次郎に一つの短剣を貰います。その後彼の周囲で連続殺人が引き起こされ、彼は自分が知らないうちに人を殺してしまったのではないかと悩むのですが・・・。

この小説は超技術が出てきますが、最も重要なことは人が持つ闇がどれだけ深いかということを問いかけている点だと思います。新興宗教教祖によるマインドコントロール(1995年より前に書かれた小説です)、いわゆる「キレる若者」のような、現在でも非常に問題になっている暗部を初期から描いた作品であり、一冊一冊の完成度が非常に高いです。主人公遼は非常に純粋な少年であり、それらの闇と闘いながら傷つき悩むことになります。最終巻は非常に綺麗な終わり方でしたが、遼は最後にどうなったのでしょうか・

「僕は、まだ言ってない・・・」というセリフは泣ける・・・。

全9巻、番外編1巻で完結済みですが、非常に古い本なので中古でしか手に入らないかと思います。是非電子書籍化してくれないかなとずっと期待しています。

麻生俊平さんの本はどれも素晴らしいですが、別シリーズ「ミュートスノート戦記」も全5巻と短めですが、非常にシャープで凄まじくまとまった小説なので、おすすめです。遼は絶対に人を殺したくないスタンスですが、ミュートスノート戦記の主人公響は敵はすべて殺すというスタンスで、そこのギャップも印象的です。響の好きなセリフがあるのですが、響と敵対組織の戦いに巻き込まれた女性が響を責めます。「どうして暴力で物事を解決しようとするんですか?話し合いで解決することを目指すことも出来るはずです」それに対して響はその時には絶句して答えられないのですが、のちに、敵組織に侵入し、自分も傷つきあらゆる敵を殺戮しながら自答します(ー 暴力が最も早く、迅速に物事解決してくれるからだよ ー)。このよう事態を暴力でなく話し合いで解決できる人間がどこかにはいるのだろう。だが、自分にはできないのだ ー。

響は改造され徐々に人間を離れていくことになるのですが、最終的に悲愴としか言えないその戦い方は非常に鮮烈です。こちらもまた別記事で取り上げるかもしれません。