ラバー・ソウル<井上 夢人>

<あらすじ>洋楽専門誌にビートルズの評論を書くことだけが、社会との繋がりだった鈴木誠。女性など無縁だった男が、美しいモデルに心を奪われた。偶然の積み重なりは、鈴木の車の助手席に、美縞絵里(みしまえり)を座らせる。大胆不敵、超細密。ビートルズの名曲とともに紡がれる、切なく衝撃の物語。空前の純愛小説が、幕を開ける――。

 

<評価>★★★★☆

非常に裕福ですが、不幸にも生まれつき身の毛のよだつような風貌に生まれてしまった鈴木誠。ですが、偶然出会った美縞絵里に恋をします。恋といっても、あまりにも醜く生まれてしまい、顔を隠しても外に出ることすら難しい誠にとっては、ただ見ているだけで幸せになれる対象が絵里ですが、徐々にその行為はエスカレートし、望遠レンズで彼女の部屋を覗き見る、隠し撮りした彼女の写真を部屋中に張り付ける、車で彼女をつけまとう、などといった異常な行動をとるようになっていきます。ついに、彼女に付きまとう(と誠が思い込んでいる)男たちに敵意を抱いた誠は、絵里を護るために彼らを殺すことになるのですが・・・。

最初のほとんどは気持ち悪いストーカーである誠と、被害者である絵里や、他の事件関係者らが事件がすべて終わった後に刑事の質問に対して答えているような独白形式でつづられ、特に誠が絵里の友人である裕太、及び同僚である富永を殺す描写に至っては、これのどこが純愛小説なのかずっと首をかしげていました。ただ、物語に何らかの仕掛けがあることは予測されましたが、まさに最終章ですべてが明かされた際に、この物語が確かに純愛であることがわかりました。

「護られてばかりだったぼくが、初めて他人<ひと>を護る立場に立たされました。絵里さんを護るために生きるー自分というものの存在に、ぼくは初めて意味をみつけたんです」という誠の台詞は、本当に心からの言葉で、彼がどんなに異常な行動をするように見えても、幸せだったことがわかります。

特に登場人物の中で印象的なのが、誠の使用人としてずっと仕えていた老紳士である金山です。親にも見放され、ただずっと引きこもり音楽を聴いていた誠が、初めて音楽評論を雑誌に掲載されることになり、誠と金山が泣きながら二人で抱き合い快挙を祝う描写は胸に迫るものがあります。誠が絵里に示したように、金山が誠に示していたものも間違いなく愛と呼べるものだったのかと思います。誠の生涯があまりにも悲惨なように見えますが、本人は間違いなく幸せだったのでしょう。

ちょっとストーカー描写が長いのが玉に瑕ですが、非常に読みやすく楽しむことが出来ました。