彼女は存在しない<浦賀 和宏>

<あらすじ>

平凡だが幸せな生活を謳歌していた香奈子の日常は、恋人・貴治がある日突然、何者かに殺されたのを契機に狂い始める…。同じ頃妹の度重なる異常行動を目撃し、多重人格の疑いを強めていた根本。次々と発生する凄惨な事件が香奈子と根本を結びつけていく。その出会いが意味したものは…。

 

<評価>★★☆☆☆

物語は大きく二人の視点で動きます。一人は香奈子、香奈子は恋人貴治を待っている際に、由子と名乗る記憶があやふやで、気弱な女性に「あなたは亜矢子じゃないのか」と声を掛けられますが、全く身に覚えのない香奈子は困惑します。その後由子と名乗る女性が様々な不審な行動をとることに気づきますが、そのうち恋人の貴治が何者かに殺されることで、事態が急変します。

もう一人は根本、彼は恵という恋人を持ち、大学生として幸せに暮らしていますが、唯一妹の亜矢子に関して非常に悩みを持っています。亜矢子はもともと大人しく、引っ込み思案でしたが、母の死を契機に行動がおかしくなり、多重人格のように性格が急変し、記憶もあやふやになってしまいます。亜矢子の人格の一つは由子と名乗り、兄に対して「あなたは誰ですか?」と問い、おびえながら兄から逃げだすことになります。根本は妹の後を尾行することにしますが、妹が見知らぬ人に「あなたは亜矢子ですか?」と尋ねる異様な行動を目撃することになります。香奈子と根本の二人は同じシーンを別の視点で語ることになりますが、物語が進むにつれて、お互いの境遇が交錯するようになります。

多重人格ものは貴志先生の「十三番目の人格ISOLA」や、漫画では「親愛なる僕へ殺意をこめて」など、結構フィクションではよく使われるものですが、こちらの小説は結構早くネタが分かる気がします。ただ、人格が記述されているもの以外にも存在する可能性が示唆されており、ちょっと叙述トリックとしては何でもありなような気がします。

最後の方でちょっとグロい描写があり、そこがきついですが、そこまで必然性がある描写なのかちょっと疑問です。多分恵が妊娠したというストレスより、殺された方が根元にとってのストレスが大きいのはさすがに自明な気がしますが、まあそこは副人格は精神的に幼く、そこまでの配慮は出来ないということでいいのかもしれません。

仕掛けは非常に単純ですが、実際のところ結構厳しいような・・・。大学生である貴治が、どのように香奈子と付き合うようになったのか、さすがに不自然さが目立つような。根本の父が実際に虐待していた対象に関しても、あまり明確な理由が書かれておらず、ちょっと奇を衒いすぎな感もあります。

悪くはないのですが、ちょっと描写が分かりにくく(意図的にそうしているのかもしれませんが)、後味もあまり良くないのと、その割には仕掛け自体は何となく中盤から予測できるので、ちょっと惜しい一冊でした。